赤鬼青鬼 4

秋穂と唯子

 授業中の唯子ちゃんはというと、なんと、至って真面目にノートを取っている。真っ黒、せいぜい焦げ茶くらいの頭が並ぶ教室の、しかも一番前の席に、ホワイトゴールドってくらいの金髪がある。それが唯子ちゃんだ。くるくるにカールした豊かな金髪が今日はアップにしてあって、うなじに後れ毛がはらりとかかって綺麗だなあ……。と、斜め後ろあたりの席から私は唯子ちゃんのうなじをちらちら見る。うなじから、なで肩へのラインが華奢で実に女っぽい。いいなあ、私が男だったら唯子ちゃんを好きになると思う。性格はかなりキツイけど……ああいう子は逆に男の前では、純情な感じになったりするのかなあ、と想像すると、ああーなんか可愛い。不真面目そうな外見なのに、授業中はあんな風にちゃんとノートとってるところなんて、あのギャップに男心はヤラれるに違いないしなあ……。ふ、ふふっ。ニヤニヤ。という危険な私の視線に気づいたのか、唯子ちゃんはちらっとこちらを振り向いてきたので、私は慌てて目を反らす。危ない危ない。

 どこのクラスでもそうだと思うけど、うちのクラスの女子も例外なくグループがあって、私が属してるグループはアキちゃん達のグループだ。アキちゃんはリーダー的な性格をしてて、進んでクラス委員をやるような優等生タイプ。勉強もかなりできるし、みんなに頼りにされてる人。眼鏡でストレートのロングヘア。いわゆるメガストロング。背も高い。
 そんなアキちゃんは、やっぱり唯子ちゃんと仲が悪い。見た目からして、まったく正反対だからなあ。もう人種が違うという感じ。アキちゃんは法令遵守って風で、校則を破ったりしない。化粧もしないし、スカートも短くしない。
 だからアキちゃんから警告も出る。
「松島さんさあ……よくあの村上さんと一緒にいるじゃない? 村上さんって結構危ない噂聞くから、あんまり深入りしない方がいいと思けど」
 私は村上さん=唯子ちゃんがそんな悪い人じゃないことを知ってる。だからといってアキちゃんも友達だし、どっちをとるとかできないんだけど……。私の友達同士の仲が悪いっていうのは、間にいる身としては辛い。喧嘩せずにみんなが仲良くなれる方法ってないのかなと思う。
 この前球技大会があって、クラス対抗でいろんなスポーツをやった。クラス対抗だからもちろん、唯子ちゃんとアキちゃんは仲間同士なんだけど、あれはひどい有様だった。ドッジボールで、アキちゃんに当たったボールが跳ねて唯子ちゃんにも当たって、二人ともアウトになってしまったとき、唯子ちゃんブチ切れ。
「てんめえボサっとしとんじゃねーぞあたしまで当たったがや!」
 アキちゃんはそれを徹底して無視。そっぽを向くアキちゃんを唯子ちゃんがすごい目で睨みながら、二人は外野へ歩いていった。あわわわ、どうしようー……えらいこっちゃ。とよそ見していたら私まで当てられてアウト。そして外野・ザ・険悪空間にご招待……。あの気まずい時間を思い出すだけでちょっと鬱になるよ、とほほ、私のフレンズ。
「あんのクソ処女、マジで死んで欲しいげ、あのブス」アキちゃんのことになると輪をかけて言葉が乱れる唯子ちゃん。
 対して普段は温厚なアキちゃんも、唯子ちゃんにはご立腹の様子。「そもそもなんでうちみたいな進学校にああいうヤンキーがいるわけ? 納得いかなすぎ。場違いだっつの」確かにそれは私も思うけど……。
 なかなかうまくはいきませんね。

 とはいえ普段はこういう衝突は起こらない。球技大会みたいな、ああいった特別のイベントで同じチームになったりするとき以外、普通の授業の日とかは、別に、目を合わせなければ喧嘩にもならないので、ちょっとくらい仲が悪くても教室は平和なのだ。私はアキちゃんグループと唯子ちゃんとの間を往復し、それぞれの友達を両立する生活を送る。
 一番困ったのが修学旅行の時。今年、つまり二年生の夏に、京都へ修学旅行に行ったんだけど、やっぱり班決めでかなり揉めたなあ。仲良しグループってのはこういう時のために結成されているので、イベントの『班決め』にはここぞとばかりにグループの威力が発揮されて、もの凄い勢いで班は決まる。グループの人数と班の定員数に過不足があったら、どこのグループを分割してどこのグループに割り当てるか、みたいなグループ同士の同盟みたいなのまであるし、誰が誰を好きとか嫌いとか、そういう情報も考慮して、できるだけ最適解に近い班分けをしようとする。けど、一番の問題は、嫌われ者をどこのグループにするか、ってこと。やっぱり、残るんだなー、唯子ちゃんが。唯子ちゃんは班決めの時間、みんながそれぞれ集まっている中、威嚇のつもりなのか机にギャル系ファッション雑誌広げて読んでるし、私はアキちゃんのとこにいかなくちゃいけないけど唯子ちゃんの事も気になる。こういう場だとクラス内の確執がかなーり露呈するよ、ほんと。やだなあ。私はみんな仲良くやって欲しい。
 思えば、唯子ちゃんが学校で誰かと喋ってるのを殆ど見かけない。私とは、昼休みにご飯食べたり、一緒に帰ったりするけど、私の他に仲いい人って多分いない。はっきり言って、あの容姿だから、クラスで浮きまくってるもんね。まあ、当たり前っていうか自業自得というか。だから唯子ちゃんの班分け問題を解決するには、私を登場させるしかない。
 微妙なのはアキちゃんの班。アキちゃんの班には二人分空き(洒落ではない)があって、そこには私が入る予定だった。残る一人に、唯子ちゃんが入れば解決する……んだけど、そうはいかないんだよね、やっぱ、アキちゃんと唯子ちゃんを一緒の班にはできないから。無理して一緒の班にしても、絶対気まずい空気になるし、そんな雰囲気の修学旅行なんて他の班員にとっても嫌だから、それは避けなくちゃならない。アキちゃんと唯子ちゃんを別の班にしつつ、誰もハバにならないように班分けをせよ。人食い人種と宣教師問題。ってテレビで見たのを思い出した。宣教師が食われないようにしながら、人食い人種と宣教師を船で運ぶのだ。アキちゃんが唯子ちゃんに食べられないように、修学旅行をこなすには。
 ……知ってたよ、私にあのとき視線が集まってたのを。誰も口に出さないけど、私がアキちゃんの班を出て唯子ちゃんと一緒になるべきだとみんな思ってた。でも唯子ちゃんの班になれば、自然とそこは嫌われ者が集められた、いわゆる『掃きだめ』班になるけど、それはやむを得ないもんね。うんうん、いいんだよ、私だって唯子ちゃんのこと放っておけないし。
 結局私は唯子ちゃんと班を作り、アキちゃんの班には他の仲良しグループからメンバーが補填されて万事解決。私は唯子ちゃんとの班で旅行は楽しかったよ。

 でもひとつだけ、旅行中にちょっとした事件があった。私と唯子ちゃんはホテルのツインで同室だった。その夜、唯子ちゃんの姿が無くって、気づけば私は一人だった。ホテルの廊下を浴衣でうろついて唯子ちゃんを捜しているところへ、アキちゃんグループの子から声がかかって、結局私はアキちゃんの部屋で朝までおしゃべりして過ごしたのだ。あのとき唯子ちゃんはどこにいたんだろう? 部屋に戻っていたのだろうか。でも大したことじゃないと思って、忘れていたら、あとあと唯子ちゃんが先生に呼び出されていた。
 訊けば私たちの部屋のゴミ箱に、使用済みのコンドームが捨てられていたのだという。
 どうでもいいけど、それが問題なら何故私じゃなく唯子ちゃんだけを呼び出すのかというとこに、なんとも嫌な気持ちになった。確かに私なんて見るからにコンドームに縁がないけども。唯子ちゃんは、知りません、の一点張りだったという。それが本当かどうかは分からないけど、こういうときに、あの容姿は不便だろうなと思う。不器用な生き方。
 修学旅行が終わってしばらくして、誰が漏らしたのか、そのことが噂になった。ムラカミユイコが修学旅行で誰かとセックスしてたらしい、という。話題の乏しかったところへもってそのニュースだから、噂は瞬く間に広がって、クラスはその話で持ちきりになった。ムラカミユイコ=ヤリマンという構図は、まあ彼女のキャラクターからして恐ろしく馴染んだ。噂が噂を呼び、一体どこまで本当なのか、援助交際説まで流れた。そういった事態はさすがに唯子ちゃん自身も気づいてたけど、ふうん、関係ないから好きに言ってろ、という風を決め込んでいた。
 それについて感心するのは、アキちゃんの態度。唯子ちゃんについてのあらぬ噂を、対立するアキちゃんは喜んでいるかと思ったら、「あんまりそうやって陰口するのはよくないよ」だって。さすがはクラス委員だなあ、とそのときは思ったけれども。