赤鬼青鬼 2
産声

 『女子高生』の『学校帰り』は『カラオケ』に行って『浜崎あゆみ』などを歌い、それが終われば『プリクラ』を撮るのだ。唯子ちゃんといるといろいろ勉強になるなあ、って思った。わざわざ名古屋の高校までやってきてよかった。もしあのまま半田の高校に行ってたら、今頃は自転車を必死でこいで半田コロナワールドに向かっていたかもしれない、なんて、あか抜けない半端な丈のミニスカートをバタバタさせながら風で髪の毛をぐしゃぐしゃにしながら、ぐんぐん、田舎っぽい逞しい太ももでチャリンコをごりごりこいでいる私のしょっぱい姿がちょっと思い浮かぶ。地元の学校なんて通っていれば、自転車通学になっちゃうから、何処に行くにも自転車なわけで、カラオケもデートも自転車。自転車って。自分でこがなきゃならない乗り物なんて、キコキコ、それってよくよく考えると文明人としてやっちゃいけないよね。今となっては当然のように、都会的でハイソなビークルであるところの、『地下鉄』を通学定期券で自在に乗り回すプチブル感覚だけど、一歩間違えば私だってあの原始的なママチャリ・ザ・カントリースタイルをキコキコしなければならなかったなんて。
  高校に入って最初に作った友達によってその後の人生は変わる。私の場合はそれが唯子ちゃんだった。唯子ちゃんと友達になっていなければ、今頃は例の恥ずかしい服を着、かつ眼鏡に三つ編み寸前の女学生になってたかもしれない。唯子ちゃんの場合は、もうかなり髪も心も染まっていて、中学生の頃からJJなどを読み、オリコンをかかさずチェックするなどして、まさに流行の権化と化しているため、そんな彼女との付き合いの影響で、私の女子高生性は知らず知らずのうちに培われ、保たれていたのだ。これは間違いなく唯子ちゃんのおかげ。頭ん中は田舎のままだけども客観的には私だってちゃんと都会の女子高生、のはず、だと思うけど。
  私の『自我の目覚め』。一週間前の数学の授業中に『自我』が目覚めてしまったために、私はイチから世の中のことをひとつずつ再確認していく羽目になる。『私』という自我が、周りの人たちから独立した概念であること、なんか難しくてよくわからないけど……とにかく私が私であることを知ったのだ。それで問題は、私は周りから浮いたりしてないだろうか、私はこれで合ってるのだろうか、ということだ。それを確かめるために、私はひとつひとつのことを指さし確認していく。自我が目覚めるまでは、私は誰かに自動操縦されているようなものだった。それが、突然、手動操縦に切り替わって、それまでは環境によって動かされていた私を、今度は私自身が営んでいかなくてはならなくなってしまったのだ。私は、だから、突然与えられたこの状況にまだ当惑している。そんなこんなで、生まれたて同然の私は、村上春樹みたいに、ものさしを片手に自分と世界との距離をひとつずつ確かめていくしかないのだ。だから、今まで自動操縦中の私の女子高生性をコントロールしてくれていた唯子ちゃんには本当に感謝の言葉もないね。あるけど、ないね。
  私の中身には革命的な変化があったけども、私はこれまで通り、『平常通りのダイヤで運行いたします』、をしなければならないのだ。私と、私の世界が混乱しないように。

 唯子ちゃんの今の髪型はロングで金で、くるくるにカールしている。そのカールを指でくるくる触りながら、唯子ちゃんは言った。
「何か面白いことないの?」
  足が机の上に乗っていて、見えそうで見えないパンツ。履くことによってパンツを隠すくらいの機能しか果たさないくらいスカートは短い。やっぱりこのくらいやらないと駄目なのかなあ、でも唯子ちゃんは金髪を先生に掴まれてわしゃわしゃされて、生徒指導室に引っ張られていっても、全然めげない。うちの学年を見渡したって、ここまでやってる子っていったら唯子ちゃんくらいなものだし。良かれ悪かれ目立ってる。名古屋中探したって進学校でこんなに睫毛立ってる女の子ってあんまりいないだろうなあ……。
  でもこんな格好してある意味一番ハッピーな見た目の唯子ちゃんだって、面白くないと感じることも世の中にはあるみたいだった。最近は二言目にはこんな事を言う。『なんか楽しいことあった?』。そんなことを言われても、私って、まあ、こんな性格だから、毎日それなりに楽しいよー。特に『何が』って言われると、うーん、なんだろうなあ。何が楽しかったんだっけ。となり、あんまり私って昨日のこととか覚えてないことに気づかされる。だから私は返答に困るのだけども。でも楽しいのは事実なんだけどなあ。学校行ってお勉強して、女友達と叩き合ったりスカートめくったりめくられたりしてるのは楽しい。今こうしてカラオケの帰りにミスタードーナツで一番安いポン・デ・リングを囓りながら、唯子ちゃんとぐだぐだするのだって、私は好きだ。
「面白かったじゃん。カラオケ」私は言った。「また行こうよ」
  えっ? もしくは、ぎょっ、という表情の唯子ちゃんだった。「う……うん、いいけどさ、鞘〈さや〉あんた歌へたすぎ。音痴だよそれ、音痴」
  音痴かー。そっか私は音痴か。私が、あの『音痴』なのか。へえ……。でもなんて言っていいのか分からない私は、とりあえず、ごめんごめん、といって笑ってみる。これであってるのかな……。
「いや別に悪かないんだけどさー」合ってたんだろうか。微妙だ。「練習しようよ練習。そんなんじゃ男出来たときに困るよ」
「練習……?」私は周りを見渡す。夜のミスドは混雑している。
「違う違う、今からやるんじゃないって」唯子ちゃんは呆れたように否定する。「また今度カラオケ行ったときに歌い方教えてあげるよ、っていう意味」
「あそっか。唯子ちゃん歌うまかったもんねー」
  ふふん、鼻を鳴らす唯子ちゃん。「まあね、あたし、こう見えてもスカウ」
「あっストラップ切れた。私の。ほら見て」右手でなんとなく弄ってた携帯のストラップの、付け根の部分が切れてしまった。黄色いクマのぬいぐるみが取れた。大きなストラップが。
「話聞けよ!」唯子ちゃんは割と大きな声で言った。
「ごめんごめん、聞いてるよ。スカート……じゃなくてスカウター? がどうしたの?」
「もう……。何だよそのスカウターって」唯子ちゃんは苦笑いを浮かべている。
「知らないの? 敵の戦闘力見るの。こうやって目に付けて」
「ぷっ。はははは! あんた面白すぎ。何だよ戦闘力とか敵とか! どこにいんのよ、敵」唯子ちゃん馬鹿ウケ。やった。
「でもさ、スカウターであんまり強い敵見ちゃ駄目なの」
「くっ……くく……。なんで駄目なのよ」
  唯子ちゃんは本当に知らないんだなあ、スカウターのことを。
「なんでって、壊れちゃうからだって。ピピピピピ……ボーン! って。相手強すぎて」
  『ボーン!』とスカウターのはじけ飛ぶ私のジェスチャーがツボに入ったらしくて、唯子ちゃんは腹をかかえて悶えていた。「ボーンて……くくくっ……それマジ敵強すぎるって……。駄目もう……腹痛いし……」

 別れ際まで唯子ちゃんはご機嫌だった。私といて唯子ちゃんは楽しいのかな? 私は唯子ちゃんと遊ぶのが楽しい。毎日こうやって唯子ちゃんと笑っていたい。そんなこと言うと多分また、キモイとかうざいとか言われるだろうから、やめとくけど。

 だけど私は気づいてしまった。自分が唯子ちゃんの道化であることに。一週間前の数学の授業中に、私は自分がどういう人間なのか、周囲から見た私がどんななのかを、知ってしまった。
  それでも友達が笑っていられるんなら、私は道化にだってなる。